〈ゆきのストーリー5〉大学編

◆〈ゆきのストーリー〉シリーズは、「ゆきってどんな人?」「どんな過去があるの?」ということを知りたい方向けに、思い付くままにダラダラ書き綴ったものです。
※内容には一部、人によってはショッキングと感じられる表現出てくる場合がございます。精神的に敏感な方はお気をつけくださいませ。
※こちらの内容はただの”ストーリー”です。
本当は、これらのストーリー自体には特に意味はありません。
その前提を頭の隅に置いていただいた上で、あえて楽しんでいただけたらと思います♪

目次

大学

「<ゆきのストーリー4>高校編」にもある通り、
全然勉強をしていなかった私ではありますが、
なんとか奇跡的に滑り止めの大学に受かることができました!

大学では、
これまでの軍隊的な学校生活とは異なり、
超絶マイペースに過ごしました♪

好奇心旺盛な私の興味を満たしてくれる講義を取りまくり、
それ以外の時間は基本は、
一人で図書館に引きこもっているか、
いろんな先生のゼミ室にお邪魔しまくって
先生方とずっとしゃべってました。笑
(先生からしたら
自分の研究や講義の準備ができないから
すごい邪魔だっただろうけど😝🙏🏻💦笑)

また、クラブ活動も楽しみました♪

死と隣り合わせの無謀な登山

クラブ活動では、
「たび研究部」というところに所属していました。

活動内容としては、春、夏、冬の大学の長期休みに、
それぞれでグループを作り
思うままに国内各地を旅するというものです。


私が2回生だった時の夏、有志で集まり富士登山の計画を練りました。
メンバーの中に登山経験者は皆無です。

そんな素人集団で作った
ただただ自分たちに都合の良いだけのプランを
決行してしまったのです。

8月の末、
私以外のメンバーは、普段着(+羽織)に普通のスニーカーという、
「そんなんで大丈夫かいな?」という装備で
富士山登山口前のバス停に降り立ちました。

かくいう私は、
一人、このために準備した登山靴で、
皆の分の食料と水、そして防寒グッズをリュックに詰めれるだけ詰め、準備万端っ✨

…かと思いきや、
荷物が多過ぎて、それはそれで逆にダメなパターンで…。苦笑
しかも新しい靴に慣れず、登る前から靴ずれ発生。

誰一人まともな人がいません…😅


その上、選択したのは中・上級者向けのルート。
登山届も出さずに、
夕方から朝にかけて徹夜で登る計画。

登山の恐ろしさを知っている人からしたら、
呆れてものも言えなくなるような
無謀過ぎる状況です。


日が落ち始めた薄暗い時間帯、
小雨が降り、霧で前が見えない中を
私たちは登り始めました。
ただでさえ登山者が少ないルートなのに
閉山間近の時期で山小屋も撤去されていたので、
終盤近くまで私たちだけしかいませんでした。

また実際に登ってみてわかったのですが、
そのルートは一面の砂山。
道らしい道は全くありません。

街灯も何もないので、
日が落ちると真っ暗。
目の前数センチ先に何か物を近づけられても
本当に何もわかりません。
いろんな意味で、文字通り「一寸先は闇」状態でした。

そんな暗闇の中を、
自分たちのヘッドライトで見える数十センチ範囲の情報だけを頼りに
目印も何もないただの砂山を進んでいくと、
突然ポツンと、とても頼りなさげな小さな看板が現れます。

こんなイメージ↓

転載元

後戻りもできず、ただただ進むしかない状況で、
私たちはその看板に示された方向をなんとなく向いて
ひたすら進み続けます。
すると不思議なことに、30、40十分?ぐらい歩くと、
また小さな看板が現れて
新たな方向を指し示してくれるのです!

道らしい道もないただの砂山で、
ちょっとズレただけでも全然違う方向に行くはずなのにですよ。
しかも、真っ暗闇の中、看板も小さいので、見逃して当然ぐらいの感じなのに!
もうただただ本当に不思議でした。


そして、そうこうするうちに、
もうあと2時間ぐらいで頂上かというところまで辿り着くことができました。

と、ここで新たな問題が発生!
メンバーの内の数人が
「頭が痛い」「気持ち悪い」と言い出し始めたんです。
どうやら高山病のような症状のようです。

ある子は、
「せっかくここまで来たし、
皆に迷惑かけるわけにいかへんからがんばるわ…」と
言っていたのですが、
どうにもこうにも無理そうだったので、
とにかく他の登山者さんの邪魔にならないところで休んでもらうことにしました。
私が持ってきていた、アルミホイルのような防寒グッズで
その子達をぐるぐる巻きにして…。笑

幸い1時間ぐらい休むと、みんな回復し、
そこからなんとか頂上まで登ることができ、
その後は何事もなくみんな自分の足で
地上まで帰ってくることができました!

登り16時間、下り約3時間半の道のりでした。

この時のことは、今でも不思議で
生きて帰ってこれてよかったなぁと思います。
本当に、いつ道を間違えて遭難しても全然不思議ではなかったし、
いつ高山病で誰かが亡くなってもおかしくなかったと思います。

確実に目に見えないサポートが働いていたと思います。
奇跡って本当にあるんだなぁと身をもって体感した出来事でした。
※絶対にマネはしないでくださいね!

お笑いに厳しい彼氏

大学時代にも
私からの猛アプローチの末に彼氏ができました。
(自己卑下すごかったくせに、こういうことはできた笑)

その彼は
自分のお笑いスキルにプライドがあったみたいで、
彼がボケた後に私がおもしろくない返しをしたら
不機嫌になってお笑い指導するような人でした。笑

これまでの私の
友達がなかなかできない性質からも
わかってもらえると思いますが、
私自身はコミュニケーションがへたくそで、
その上、
人のボケに気づかずにボケを殺した挙句、
悪気なくそのボケの解説を促すありさま…。
これって、
ボケた人からしたら地獄ですよね。🤣

このように、大阪人なのに(?)
壊滅的にお笑いスキルのない私は
しゃべっているとよく彼氏が不機嫌になるので、
会話をすること自体が緊張してしんどかったです。笑

そんな彼も、私からすると
特におもしろくもなかったんですけどね🤣
彼のボケに無理して笑ってました。

結局、お互いにつらくなって別れました。
そりゃそうだ!🤣

※大阪人全員がこのようなお笑い指導をするわけではありません。
ご安心ください😅


次の〈ゆきのストーリー〉シリーズでは、
過去の人間関係についての悩みについてお話してみようかなと思います♪

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